賑わうサイゴンの裏町を舞台に、孤児の少年ロムが夢を叶えるため、巨額の当選金が手に入る「闇くじ」に挑む姿を、疾走感溢れるスタイリッシュな映像とリアリズムを追求したタッチで描く話題作。監督は、本作が長編デビュー作にして第24回釜山国際映画祭ニューカレンツ部門(新人監督コンペティション部門)最優秀作品賞、第24回ファンタジア国際映画祭 最優秀新人作品賞の受賞はじめ世界各国の映画祭で熱い視線が注がれる期待の新鋭チャン・タン・フイ。
“闇くじ”をテーマに描いた短編『16:30』がベトナム国内の映画祭で短編映画賞を総なめにし、カンヌ国際映画祭2013ショートフィルムコーナーに入選、高評価を得たことから始動した本作の長編企画は、オータムミーティング2014(※若手映画人のためのワークショップ)プロデューサー賞、アメリカ映画協会(MPA)のハノイ2015春コースで傑出企画賞を受賞するなど更なる話題を集める。実力を認められたチャン・タン・フイ監督の元には、『青いパパイヤの香り』『ノルウェイの森』のトラン・アン・ユン、『どこでもないところで羽ばたいて』グエン・ホアン・ディエップら世界的名声を持つ監督がプロデューサーとして名を連ね、アピチャッポン・ウィーラセタクン作品の編集者として世界的に知られるリー・チャータメーティクンがタイから迎えられた。短編『16:30』を企画してから長編『走れロム』完成に至るまでの期間は、2011年6月〜2019年2月となる。
釜山国際映画祭で輝かしい世界デビューを飾った本作だったが、凱旋帰国した監督たちを待っていたのは、ベトナム当局の検閲を通さずに国際映画祭に出品したことに対する罰金だった。社会問題となっている”闇くじ”を描いたことから、審査に引っかかり通過しなかったと思われる。結局、監督サイドは当局の要求を受け入れ、一部のシーンをカット、新しいシーンを追加し、釜山でのワールドプレミアと同じ上映時間79分に再編集した。
そうした苦境を経て商業公開に漕ぎつけた本国ベトナムでは、映画業界内での国際的な期待と評判、そして、検閲によって余儀なくされた内容の修正といった話題性が相まって、ロングランヒット中だったクリストファー・ノーラン監督の超大作『TENET テネット』を興行成績で上回る驚くべきヒットを記録!ミニシアター文化のないベトナムで、インディペンデント映画が商業的にも成功をおさめる一大センセーションを巻き起こした。
私はサイゴン(ホーチミン市)で生まれ育ちました。もし誰かにサイゴンやベトナムの特産品は何か?と聞かれたら、私は間違いなく「宝くじで賭け事をすること=デー(Số đề)」と答えるでしょう。これは変わった風習ですが、私の家族の生活の一部であり、ベトナムの労働者階級の家族の生活の一部となっています。「デー」はベトナムでは違法です。オッズがとても高く、1回で70倍のリターンの可能性があります。このゲームの特徴は「予測不可能だ」ということです。ルールがなく、事前に計算することができません。しかし、賭ける人達はそうは思っていない。夢や迷信を解読したり、日々の出来事から洞察を得たり、さまざまな方法で予想をたてます。彼らは自分たちの曖昧でばかげた推論を盲目的に信じていて、次の賭けが彼らの人生を変えると信じているのです。残念ながら、このゲームに参加した人は誰もが抜けられなくなってしまう。それらは彼らの財産であり、家族であり、彼らの人生でさえあるのです!
しかしそれらは強力な詐欺師のツールにもなっています。このゲームはベトナム全土で何百万人もの無力な労働階級の人々に悲惨な結果をもたらしました。私は、私の家族を含め、多くの労働者階級の人々が、「デー」と呼ばれる終わりのない罠から抜け出そうと日々苦闘しているのを目撃してきました。それは小さい頃から私の心に深く根付いています。私はこのロムについての物語を、ブラック・コメディ風のドキュメンタリー形式のアプローチを用いて語りたかったのです。これは単純ですが劇的な実生活の物語であり、ベトナム人の日常生活を描いたものであることに誰も気づいていないのです。登場人物の過去やキャラクターは大まかに取り除き、彼らの現在の生活に焦点を合わせました。私はそれが自然に、そして自発的に起こるようにしました。劇的なファクターでさえ、できるだけ現実に近いものに基づいて作っています。私は、俳優たちが演じる人々の生活に溶け込み、演技や話し方を現実に近づけるようにしました。漠然としているように聞こえるかもしれませんが、私は短編映画『16:30』でこの手法を用い成功しました。
私はこの少年の物語を通じて、力強く、騒がしく、慌ただしい印象を与えたかった。映画の中の現実でさえ、迅速かつ緊急に起こります。私は手持ちカメラでこの現実を再現しようとしました。映像は焦点が合わず、ぶれ、ショットはルールを破って予想屋の世界の狂気を最大限に強調しました。この世界をできるだけシンプルで正直に表現するために、私は多くのことを聞き、感じ、そして表現しました。この方法は私に深く根付いています。それは私が表現したい道に私を導いてくれたのです。
ベトナムで生まれ、1975年にフランスに移住。1993年、長編デビュー作『青いパパイヤの香り』でカンヌ国際映画祭カメラドール受賞。2作目『シクロ』でヴェネツィア国際映画祭金獅子賞受賞。その他の監督作品に『夏至』(2000)、『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』(2008)、『ノルウェイの森』(2010)、『エタニティ 永遠の花たちへ』(2016)がある。近年はベトナムで若手の映画人を対象としたワークショップを開くなど、後世の育成にも力を入れている。
初監督長編『どこでもないところで羽ばたいて』(2014/別題:ハノイ 危険な青春)が世界の映画祭で高く評価される。ファン・ダン・ジー監督の『ビー、心配しないで!』(2010)のプロデューサー、ファム・ホアン・ミン・ティ監督の短編『エジソンの卒業』(2019)ではエグゼクティブプロデューサーとして参加しメンターとして尽力。ベトナムのインディペンデント映画を牽引する女性。
ホーチミン市映画演劇大学卒業。チャン・タン・フイ監督の短編『Duong-Bi (Path of the Marble)』と『16:30』の撮影も手がける。他にレ・ビン・ザン監督『KFC』(2017)、ファン・ザー・ニャット・リン監督『昨日からの少女』(2017)、ファム・ゴック・ラン監督『The Unseen River』 、ベルリン国際映画祭エンカウンターズ部門で審査員特別賞を受賞したレ・バオ監督『Taste』(2021)などの撮影を担当。
アピチャッポン・ウィーラセタクン監督『ブンミおじさんの森』(2010)『光りの墓』(2015)、トム・ウォーラー監督『THE CAVEサッカー少年救出までの18日間』(2019)などのタイ映画の他、中国のワン・シャオシュアイ監督『在りし日の歌』(2019)、ベトナムのレ・バオ監督『Taste』(2021)の編集を手がけるなど、アジアの映画界を活躍。『コンクリートの雲』(2013)で長編監督デビューを果たした。
フランス・パリ出身の作曲家、シンガーソングライター。ダンス、演劇、映画などさまざまなジャンルで活動し、舞踊家の金森穣、台湾の歌手廖士賢をはじめとする各国のアーティストとのコラボレーションでも知られる。映画音楽を手がけた作品はレオン・レ監督『ソン・ランの響き』(2018)、アッシュ・メイフェア監督『第三夫人と髪飾り』(2019)、河瀨直美監督『朝が来る』(2020)など。